戦国の時代~江戸の時代
令和2年(2020年)10月4日
野村明義、友吉鶴心
陰陽道とシルクロード

十二支の生まれ歳で友吉先生は巳年ですね。私は猪年で猪は巳と対極なのです。陰陽道の原理では対極であるほど化学変化が起こる。良い化学変化が起こる場合もあれば、悪い化学変化が起こる場合もあります。陰と陽が二つ重なて丸になているのが太極図。陰陽のバランスをとらないと丸く収まらない。

芸能の中でも対極変化ていうのはきちりあります。例えば時代劇でお殿様が出てくると太鼓が鳴るじないですか。日常生活の私たちに近いところでは、お仏壇には必ずりんが置いてあります。音があの世とこの世を開いてくれる。しかし、昔のシルクロードに向かうときの旅立つときは時計がないですからね。やはり太陽を見、月を見、星を見て進んでいくしかないのですね。
シルクロード=サンロード

シルクロードが何で東西繋がったのかというと、私は太陽信仰があたからだと考えております。ですからシルクロード=サンロードと申し上げたいなと思います。「祭」という漢字の元は切った牛の肉を、神に生贄にする台の上に右手で供えるという形です。肉を神に供えて感謝をしていたという信仰ですね。このルーツはミトラという、キリスト教が普及する前のローマ一帯の太陽信仰です。これはインド・ペルシアに起源を発するといわれています。そこから分かれて仏教やキリスト教にもなります。仏教の弥勒菩薩の真言は「オンマトレイヤソワカ」です。「マトレイヤ」というのがミトラというわけですね。そして、太陽が一番弱くなる冬至から三日後に復活するというのが降誕祭で、それがクリスマスになったという。ですから降誕祭も太陽信仰がもとになている。

なぜ牛だたのでしょうか。

干支の牛の対極が羊なのです。羊というのはイエスです。イエスは自分で「神の子羊」といった。イエスを復活させるために牛が犠牲にならなきいけないという、それによて化学変化を起こさせるという原理ですね。
起源の祭としての東遊

世阿弥の「羽衣」という曲の中に「東遊の駿河舞、このときや始めなるらん」という文言があり、天女が舞 ている姿を舞にしたのが東遊という神楽なのです。「あづま」の本来の語源は「あ」「つま」と分かれます。「あ」というのは日本語の以前に使われていた神代文字で丸に点の形をしているのです。これが惑星記号でいうと太陽なのです。「つま」というのは昔で言う手品、不思議な現象を起こすことです。ですから「あづま」というのは太陽が変化する姿ではないかと私は考えました。そして「あそび」なのですけれども、「あ」というのは丸に点でございます。「そ」は蘇る。「び」というのは動詞の四段活用ですね。そういうことで「あそび」というのは太陽が蘇るという意味合いなので、太陽の昇る東で太陽の復活の舞をするというのが東遊であります。因みに西という漢字は地平線水平線から太陽が沈む姿を現しているとも言われております。読み方としては日が死滅するということで「にし」という音が成り立たわけですね。逆に東というのは日に向かう。

「ひむがし」という。

東という漢字ですが、まず十字架を書きます。十字架に太陽の日を書きます。その下に人を書きます。これを何と解釈するか。「十字架にかか た太陽の人」と書きます。それはイエスの復活という風にも捉えられる。それが漢字になたと私は解釈します。
